彼氏が出来なさすぎて「即身仏になるの?」と聞かれた話。

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どうも、ササキである。

この年齢になっても未だに彼氏とやらが出来ず、悩みはするが苦しみはしない。

そんな人間としての義務を果たせない可能性が高い生命体が、この私である。

 

昨夜、バイトを終えた後、私は友人Iとかつてのサークルの先輩Mと新宿で飲んだ。

 

友人Iも私と同様に、彼氏が出来たことがない。

私と友人Iは週1ペース(またはそれ以上)で新宿(または高円寺)の暗闇に姿を惑わすことが多いが、話題はもっぱら「彼氏が出来ないことについて」である。

 

すでにお分かりかと思うが、彼氏が出来たことのない人間2人で「彼氏が出来ないことについて」話したところでそれといった結論はでない。

私たちもそれは重々承知の上なので、ぜひそこには触れないでいただけると有難い。

 

 

 

しかし、昨夜は違った。

 

経験値ゼロの私たちに対して先輩Mはそれなりの経験値を所持していたのである。

現在は社会人として日々仕事に追われながらも楽しくやっているようで良かったが、彼は彼氏が出来たことのない私たちにこう言ったのだ。

 

 

 

 

即身仏にでもなるの?」

 

 

 

 

 

即身仏、それは

 

人々を救済するため、土中に埋もれるなどして、瞑想状態のまま絶命した僧。また、そのようにして死んだ後、ミイラ化した身体。 

 

のことを指す。 

 

つまり、彼が言わんとしていることは「お前たちは彼氏もできないまま子孫を残すという人間としての義務を果たさず死んでいくんですかァ〜?」ということだ。

 

 「ならねーよ、即身仏ゥ〜!!」と勢いよく返答しようとしたが、私の口は私の意思とは別に、勝手に動いていた。

 

 

 

 

「なるかもしれないです即身仏ゥ〜(笑)」

 

 

 

 

全く笑える場面ではないのにも関わらず、(笑)まで付着してしまった。

即身仏になんてならない」と思っていたはずなのに、口から出た言葉は真逆のものだった。

 

もしかすると、「このままでは即身仏になるかもしれない」という深淵に存在していた不安が、言語化されたのかもしれない。

そう考えると、自分の不甲斐なさに泣きたい気持ちになった。

 

 

しかし、それと同時に私は思ったのだ。

 

 

 

即身仏、それはすなわち、「愛」なのではないかと。

 

 

 

もう一度言おう、

 

即身仏、それは

 

人々を救済するため、土中に埋もれるなどして、瞑想状態のまま絶命した僧。また、そのようにして死んだ後、ミイラ化した身体。 

 

のことを指す。 

 

 

即身仏人々を救済するために絶命するのだ。

 

つまり、私たちがもし即身仏として絶命するとき、それはきっと誰かを救済することになる。

 

その「誰か」とは、私たちの子孫になろうとしていた者たちだ。

彼らは私たちが持つ非モテ遺伝子を受け取らずに済み、「ブス」だの「デブ」だの罵られることもない。

 

いじめと間違えられて、一般人から通報されることもなければ、

 

カレー屋に行った際、「お前は豚だから人数にカウントされないよ」と幼馴染に言われたら本当にカウントされなくなる、ということもない。

 

満席のマクドナルドで席を探そうと振り返ったら「…見返りブス」と金髪の兄ちゃんに言われることもなければ、

 

通りすがった子供たちから「や〜い!森三中ゥ〜!!」と言って去っていかれることもない。

 

 

私たちの子孫になろうとしていた新しい生命は、この顔面至上主義の社会に苛まれることはなくなるのだ。これはもはや、新しい形の「愛」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・と、こんなサイコパスみたいなことをずっと考えながらも、「彼氏できないよふぇぇええん」とスタバで嘆いている私をまず初めに誰か救済して下さい。